デス・オーバチュア
第29話「魔導の残影」





機械の国パープル。
機械とはかって魔導と呼ばれていた技術の一部、科学と呼ばれる技術のことである。
簡単に言うなら魔導から魔法や魔術を抜いたものが科学だ。
科学とは、魔術、魔法といった魔力を必要とする技術と違い、知識さえあれば誰でも生み出せる、使いこなすことができるのが特徴である。
鉄や鋼でできた人の姿を模した物、火薬というものを使った魔力を必要としない破壊兵器、魔力を必要とせず雷や冷気を生み出す道具等々。
魔導に比べれば児戯に等しい技術でありながら、今の中央大陸では充分驚異になる技術の一つだった。



「降れ、裁きの炎よ!」
パープルの首都に向かって、天から巨大な白炎が落ちた。
だが、白炎は首都の直前で見えない何かに遮られ、四散し、消え去ってしまう。
「……首都全体を覆う結界か、小賢しい」
炎を落とした張本人、天に浮かぶ金色の片翼の天使、ケテル・メタトロンは憎々しげに顔を歪めた。
「ご自慢のメギドの炎も、魔導時代の遺産の力には通用しないみたいですね」
羽ばたきの音と共に、漆黒の翼の天使が姿を現す。
「コクマか……」
「中央大陸でもっとも魔導時代の知識と技術を継承するパープル、歴史の外の存在であるクリア、この二カ国には遠距離からの魔術や魔法への防衛装置が残っています。まあ、魔導時代の城や都市には必須装備でしたからね、その程度の結界や障壁は……」
「ふん、魔導時代の遺物がいまだに稼働しているとはな……」
「魔導を生み出すだけの知識と技術はなくても、遺産を維持するぐらいの知識と技術は残っているのかもしれませんね。無傷で残っていた遺産を整備して保たせているのか、発掘した残骸から修理して復元できたのか……どの程度の技術が残っているのか少しだけ興味がありますね」
「退化した技術などに何の価値がある? 貴様の時代から見れば所詮児戯に等しかろう」
「まあ、人外のあなたから見れば、今のパープルの技術も、魔導時代の技術も、小賢しい人間の技術であることには変わりないでしょうね」
「ふん、よく解っているではないか。私から見れば人間の技術など所詮全て児戯には違いない。さて、仕方ない、ゲブラーやティファレクトのやり方でいくか、気は進まないがな」
「内側から、地道に破壊と殺戮を行うわけですね?」
「手伝う気がないのなら、他へ行け。私は貴様の指揮を受ける気もないし、貴様に監視されるなど笑えぬ冗談だ。私のアクセル様への忠誠心は絶対だ、寧ろ貴様がアクセル様を裏切らないか私が監視したいぐらいだ」
「まあ、邪魔はしませんので御一緒させてくださいよ。他の方の監視ならここに居ながらでもできますしね」
「ふん、勝手にしろ」
金の天使と黒の天使はパープルの王城へと降下していった。



海の国ブルー。
無数の海洋都市で構成された文字通りの海の国。
元々、現在のブルーの領土には陸地などなく全て海だった。
千年前、他の六国の建国に合わせるかのように、今のブルーの近くの海辺で暮らしていた人々が次々と海へ進出し海洋都市を建設してゆき海での生活に順応していった……それががブルーの始まりである。
パープルからの技術提供もあり、人工島、人工都市、戦艦と海に関してのみパープルに次ぐ機械科学の発展した国家となった。
さらに、基本的に他国(他の大陸)から鎖国している中央大陸において、ブルーは唯一積極的に他国と交易を行っており、他国の品や技術が最も早く流れてくる国でもある。
第二の機械国家、中央大陸最大にして唯一の港としてブルーは独自の発展をしていった。



「コクマ様が一緒なら安心ですね、兄さん。あの方以上に機械に、魔導に精通した方などいませんから」
銀色の片翼の天使マルクト・サンダルフォンは海の真ん中に立っていた。
「はい、私の方は大丈夫です。無理はしませんので……あら?」
マルクトは自分に近づいてくる船の一団を発見する。
「では、私も仕事に移りますね、兄さん」
マルクトは左手を横に伸ばすと空間に溶け込ませた。
そして、そこから一振りの変わった剣を取り出す。
細く片刃の……『刀』と呼ばれる種類の剣だ。
東方大陸のさらに最北にある小さな島でしか作られていない『極東刀』と呼ばれる、最上級の刀である。
「私よりもケセド様の方がこの国の攻略には適していたでしょうね」
マルクトは腰を落とし、居合いの構えをとった。
「はっ!」
小さなだが力強い掛け声をマルクトが上げた瞬間、マルクトから船の一団に向けて凄まじい衝撃波が走る。
衝撃波は海を二つに分かち、その海の断層の間に全ての船が落ちていった。
マルクトはいつのまにか抜き放っていた刀をゆっくりと鞘に収めていく。
チィンという音が響き、刀が完全に鞘に収められた瞬間、海の断層は船を呑み込んだまま一瞬で綺麗に塞がった。
後には初めから何も無かったかのように緩やかな海の姿が広がっている。
「申し訳ありませんが、今回は一人一人お相手することができません」
一人一人斬り殺していたら、ブルー全ての人間を殺すのに時間がかかりすぎるのだ。
与えられた時間は一日。
一日でブルーを滅ぼさなければならないのだ。
「せめて安らかに、母なる海で眠ってください」
マルクトは愁いを帯びた表情で呟く。
「……ん、もう次が来ましたか」
新しい船の一団がこちらに向かってくるのがマルクトには見えた。
さっきの一団の倍近い数である。
「いつまでも人を殺すことに慣れることができない私は……愚か者でしょうか、兄さん?」
マルクトはゆっくりとした足取りで、船の一団へと近づいていった。



そうではない、お前は愚か者でも偽善者でもない。
ただ優しすぎるのだ。
愚かで下等な人間達にはお前の優しさは勿体ない。
その優しさがお前を苦しめる。
だが、人を殺すことに慣れたのではなく、元から人を殺すことに罪悪感も嫌悪感も感じたこともない自分には、お前にかけてやるべき言葉が浮かばない。
「……マルクト、なぜ塵共のことでお前が心を痛めなければならない……」
ケテルは己に向かってきた人の姿をした物の頭部を硬鞭で打ち砕いた。
パープルの城に入ってからまだ一人の人間の姿も見ていない。
姿を現すのは、自分達に襲いかかってくるのは機械仕掛けの人形達ばかりだった。
最も多いのは全身鎧の機械人形、次ぎに執事やメイドといった使用人姿の機械人形達である。
「マルクトさんからですか?」
「貴様には関係ないことだっ!」
硬鞭の一撃が執事姿の機械人形を縦に真っ二つに叩き切った。
「天罰!」
ケテルの突き出した右掌から白い閃光が解き放たれる。
白い閃光に呑み込まれた数体の機械人形が跡形もなく消滅した。
「神雷!」
左手の硬鞭から迸った雷が数体の機械人形達を薙ぎ払う。
「神炎!」
ケテルが右手に握った硬鞭から炎が吹き出し、メイド姿の機械人形を呑み込んだ。
「相変わらず見事な戦い方ですね。この機械人形というのは普通の刃物や七霊魔術などは殆ど通じません。鉄や鋼を上回る特殊合金に呪印処理までされていてますから、普通の剣士や魔術師だったら一体でもかなり苦戦する厄介な相手なんですよ」
コクマは、ケテルが叩き切った機械人形の残骸を杖でつつきながら言う。
「ふん、我が炎は神の炎、我が雷は神の雷、大気中の元素や精霊ごときの力を借りる七霊魔術とは次元が違う!」
ケテルは炎と雷を宿した硬鞭で次々と機械人形を打ち砕いていった。
「消え失せろ! 天罰!」
ケテルの両掌から放たれた白い閃光が残り全ての機械人形を呑み込み、跡形もなく消し去る。
「天罰……天使のみが持つ聖なる闘気を最大限に練り上げて撃ちだす技ですか。ゲブラーさんの闘気拳によく似ていますね」
「ふん、我ら天使の闘気は人間などの闘気とは質が違う。それよりも、貴様、結局全て私に押し付けて戦わぬ気かっ?」
ケテルがコクマに不満を漏らした時、奥の通路から新たな機械人形の集団が姿を現した。
「そうですね、では少しだけ……」
コクマの姿がケテルの視界から唐突に消える。
ケテルは機械人形の集団の方に視線を移す、そこにコクマが出現していた。
「トゥールフレイム(真実の炎)!」
コクマの周りを水色の炎が舞う。
機械人形の集団の中心にコクマが降り立った。
次の瞬間、全ての機械人形が細切れになって崩壊する。
「トゥルーフレイムの炎は精神を灼き尽くす炎、機械相手には効果がありません……お陰でこうやってわざわざ切り刻まなければならない、面倒なことですね」
そう言いながらもコクマは楽しげな笑みを浮かべていた。
「流石は神剣だな、特殊合金も薄紙か何かのように容易く切り裂くか……」
「ケテルさんの硬鞭だって機械人形を切り裂いていたじゃないですか」
「私のは力ずくだ、二つに叩き切ることはできても細切れにはできぬ。それも疲れるので神炎や神雷を負荷させた」
「魔力付加、いえ、あなたのは場合は神力付加ですか? 貴方の能力の多才さにも呆れますね。他にも古代魔術や生まれ待った特殊能力などまだまだ切り札をお持ちですしね」
「ふん、誉めているように聞こえんな……ん?」
激しい床の振動。
通路の奥から、小刻みな振動と共に音が近づいてくる。
「足音か?」
「ええ、そうですね。おそらく、これは魔……」
コクマとケテルの前に姿を現した物は全身鎧の機械人形によく似ていた。
ただし10メートル近い巨体であることを除けばだが……。
「やはり魔導機ですか、よくもまあ、こんな物が残っていたものですね」
「魔導機? 聞き覚えはあったような気がするが……」
「本人に説明してもらいましょうか? ねえ、そこの御方?」
コクマは巨大な全身鎧に話しかける。
『……魔導機をご存知な方が居るとは思いませんでした』
鎧の中から『声』が答えた。
「あなたはパープルの王ですか?」
『いいえ、私は代理……王の留守を預かるものです』
「ふむ……」
コクマは何か考え込むような仕草をする。
「貴様がなんだろうが構わん、王はどこだ?」
考え込んでいるコクマに代わってケテルが口を挟んだ。
『……答える必要はありません。私は王の城を守る者。城を汚す者を排除する。それだけです』
「ならば王はこちらで勝手に探す。貴様にはもう用は無い!」
ケテルは硬鞭を巨人の右足に叩きつける。
「ぐっ……」
だが、今までの機械人形と違って、巨人を叩き切ることはできなかった。
硬鞭は巨人の右足の装甲をへこますことも、傷一つ付けることもできずに止まっている。
「あ、ケテルさん。魔導機の装甲は機械人形の比じゃありませんよ。根本的に材料の強度が違う上に、このスケールですからね、聖剣や魔剣といった特殊な剣で無ければ傷一つ付けられないでしょうね」
「そういうとは先に……ぐはあっ!?」
巨人の右足が、己の足元にまとわりついていたケテルを蹴飛ばした。
「……き、貴様っ!」
吹き飛ばされたケテルは、空中で翼をはためかせて体勢を整えると、巨人の頭上の位置にまで上昇する。
「跡形もなく消し去ってくれる! 天罰!」
ケテルの両掌から解き放たれた莫大な白光が巨人を包み込んだ。
「……ば、馬鹿な……」
ケテルは信じられんといった表情を浮かべる。
巨人が無傷で立っていた。
「魔導機を甘くみないことです。魔導機には本来、魔導機と同じスケールの武具と魔法しか通用しません。あなたの天罰は聖属性の力を持つ純粋な破壊エネルギー、魔法ではありませんので呪印処理で無効化されることはありませんが……魔導機を破壊するには少し威力不足だったようですね」
『……素晴らしい攻撃でした。あなたが魔導機に乗って威力が増加されていたなら、私を一撃で吹き飛ばしていたでしょう……』
巨人の中の声が誉めるわけでも貶すわけでもなく、冷静に評価を述べる。
「増幅?」
「魔導機というのは巨大な機械人形にあらず。要は増幅器なんですよ。例えば……」
コクマは右掌の上に火球を作りだした。
「この小さな火球も、もし魔導機に乗って私が生み出せば魔導機の掌サイズの火球になる。全ての力のスケールを巨大化させる物、それが魔導機です」
『……なぜ、そこまで魔導機のことを知っているのですか?……あなたは一体?』
「楽しかったですよ、皆が魔導機に乗って戦った魔導戦争は。雑魚の騎士の剣撃や魔法使いの火球ですら、城を一撃で吹き飛ばす威力があった。実力者が乗れば山も海も一撃で切り裂き、超越者が乗れば大陸すら沈める……クックックッ、本当に楽しかったですね」
コクマは心底楽しそうな笑みを浮かべている。
『……あなたはまさか……?』
「ただの年寄りの魔導師ですよ。さて、楽しませてくださいよ、魔導機と戦うなんて数千年ぶりですからね」
コクマは左手に水色の剣を、右手に黒い杖を構えた。



巨人は背中から巨大なハンマーを取り出すと、振りかぶった。
そしてそれを、迷わずコクマに向けて振り下ろす。
凄まじい音をたててハンマーは床を粉砕した。
「ふむ、動きが遅いですね」
コクマはいつのまにか巨人の頭上に移動している。
巨人は、コクマ目がけてハンマーを振り上げた。
しかし、ハンマーがコクマの居た場所を通過した時にはすでにコクマの姿は巨人の左足の前に移動完了している。
『……んんっ!?』
巨人がコクマを蹴り飛ばそうとするよりも速く、コクマはあっさりと巨人の左足を水色の剣で両断した。
左足の膝から下を失った巨人は、残った右足だけでは自重を支えることができずに崩れ落ちる。
「なるほど、中身は紛い物ですか……」
コクマは巨人の左足の切断面に杖を添えた。
「食い破れ!」
コクマの言葉と同時に杖の先端が黒い閃光を放つ。
「……んんんっ!? ああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「内側にも呪印処理をしておくべきでしたね」
巨人の腹部を『内側』から無数の巨大な黒い蛇が貫いていた。



「つまらない、興醒めですね。外面と違って、内部は今の時代の科学技術で代用したのでしょうが、まるでなっていません。なんですか、あのとろい動きは? 連動システムに増幅機能が働いていない? それに何より動力が魔力だけとは呆れますね……あの巨体を魔力だけ動かそうとしたら、低速な動きしかできないのも当たり前、燃費も最悪……」
コクマは戦闘を開始する前の楽しげな表情とは別人のような不愉快そうな表情でブツブツと文句を言っている。
「オマケに……乗り手も人形でしたか。補助用に蓄えられた魔力バッテリーだけで動いていたとは……もはや呆れて何も言えませんよ」
コクマは少女の姿をした機械人形の残骸に侮蔑を込めた眼差しを向けた。
魔導機を動かすには魔力が居る。
それゆえに、機械の塊である機械人形が魔導機を動かすことは本来はできないのだ。
だが、補助用の魔力バッテリーに予め魔力を注ぎ込んでおけば話は別である。
魔力バッテリーが切れるまでなら機械人形でも魔導機を動かすことが可能だ。
といっても、リアルタイムに魔力を注がれている場合と違い、魔力バッテリーではその性能が明らかにダウンしてしまう。
「ケテルさん、後はお願いしますよ。適当に街の破壊と殺戮をお願いしますね」
「適当だと……待て、貴様、どこへ行く?」
「この奥を調べたら、他の国へ行くことにします。城と違って、街には普通の人間しかいないでしょうからね。機械に頼っているせいでパープルの人間は武術も魔術も使えない脆弱な者ばかり、機械人形程度の歯応えもないでしょう。そんなつまらない殺戮には興味がありませんので」
コクマはそれだけ言うと、ケテルの返事もまたずに奥へと消えていった。















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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